Samm Henshaw『Untidy Soul』

Untidy_Soul-Cover
Jan 28, 2022 / Dorn Seven

完璧にはなれない、それでいいじゃんね

イギリス、サウスロンドン出身のシンガーソングライターによる初のフルアルバム。

座り心地の快適な椅子と爆速で動くゲーミングPC。すぐ横にはテレビと各種ゲーム機、2mほど後ろにはベッドが鎮座している。在宅勤務というのはやろうと思えばどこまでも怠惰に過ごせるもの。6時間ほど読書やネットサーフィンに費やしてから作業、なんてこともある。上司に対面で詰められることもないので、納期に遅れても切羽詰まった感じがない。これが、2022年の日本における労働の実態だ。少なくとも私にとっては。

〈もう何年になる?こんなところまで来ちまったってのに、まだアルバムが出てないんだ〉。電話の向こうに文句を垂れる場面から本作はスタートする。2015年にEP『The Sound Experienment』、翌年に『The Sound Experiment 2』をリリースしてからというもの、届けられる作品はもっぱらシングルだったサム・ヘンショー。冒頭の独白はそんな自身を皮肉ったものに過ぎない。だがそれがかえって、既存の枠組から漏れ落ちた者の断末魔として耳を劈く。個人と社会を往還する手つきは本作の大きな特徴だ。

イントロの愚痴と同様、サウンドも煮え切らないものが多い。本作はColumbiaから自身のレーベル、Dorn Sevenに移籍してから製作されたものだが、音像は以前よりグッとスモーキーでくぐもった質感となっている。広がっていかないバスドラやスネアの鳴り、うっすらと漂うコーラス。上記2枚のEPにあった歯切れ良さは見当たらず、代わりにセピア色の膜が全体を覆う。ゴスペル〜R&B〜ラップがシームレスに繋がる展開も手伝い、カーテン越しに差しこむ陽光のように、眩しくはあれど輪郭はボヤけた音作りが随所に見られる。

明るいが暗いサウンドと対照的なのがリリック。共に成長しようとガールフレンドに宣言する”Grow”。フライドチキンをかっ食らう”Chicken Wings”。快楽ではなく喜びを追求する最終曲”Joy”。扱うテーマはバラエティに富んでいるが、より良く在ろうとするセルフケアの側面が総じて強い。サムは大きな家や車よりも、週末のジャンクフードや恋人とのひとときに喜びを見出す。個人にできることは限られているが、その中でベストを尽くそうとする。時折、自堕落になりながらも。

『Untidy Soul』というタイトルはインタヴュー通り「散漫なソウルミュージック」と訳すのが妥当だ。だが全体のムードを考えれば「だらしない魂」と読み換えてもいいだろう。こと個人の生活において、これほど何らかの指標を立てづらい時代はない。行く先を失いだらしなく漂うしかない魂を鎮めるために、本作は鳴らされている。競争から降りることを貴ぶように。怠惰であることを赦すように。まあ、私の労働に対する態度は改善したほうが良いと思うけど。

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